原田くみこ
  • Author:原田くみこ
  • (財)日本切花協会 カットフラワーアドバイザー
    ヨーロピアンフラワーデザイン連盟 1級登録講師
    エディブルフラワーコーディネーター
    えこっくるハーブクラブ会員
    池坊 皆伝取得
    広山流師範免許取得
    パーティー&ブライダルコーディネーター
    アートフラワー、フレッシュフラワー、プリザーブトフラワーを学ぶ。
    生協委員会フラワー・ハーブ登録講師。
    各種講演会、学校行事でのフラワーディスプレイで活躍。
    フラワーサロン主宰。
    江東教室、成城教室。
    作品のオーダーはいつでも承ります。
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原田くみこのフルール・ ア・ラ・モード
フラワー作品を中心にいろいろな写真も載せます。アートフラワーの 注文もどうぞ! 生協委員会フラワー講師・各種講演会・学校行事のディスプレイ等で活躍。 フラワーサロン主宰。江東教室、成城教室。
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ショーン・タンの摩訶不思議な世界
ショーンタン

ショーン・タンの作品をいくつか読んでみると、常に“自分はどこから来たのか?”“居場所はどこで、どこへ帰るのか?”ということが根底に流れているように思います。
それは、彼の出生に起因しているようで、父が中国系マレーシア人、母がアイルランドー英国系というところにあるようです。
顔は、アジア人とヨーロッパ人を足して2で割ったようで、確かに何人とは言えないルックスです。
オーストラリアに住んでいても、移民は英国系がほとんどで、アジア風な顔をした人は、ほとんどいなかったらしいです。
そういった生育上の経験や、まわりの扱いにより、彼の作品が、まるで存在が はかなく消えいるようで、シュールな空想の世界へといざなわれていったように思えます。
 今回、エリックを含む「遠い町から来た話」短編集、「ロストシング」、「レッドツリー」、スケッチブック「鳥の王さま」と、手に入るものを読んでみました。

 まず、2000年に発表された「ロストシング」。
これは、ショーン・タンの絵本作家としてのデビュー作です。
巨大な赤いドラム缶のような生き物が、しきりと自分の帰るべき場所を求めてさまよいます。主人公は、その迷子の生き物をサポートします。
図体のデカイ生き物が、自分の帰属を求めて迷宮をめぐる様は、シュールながら、かわいらしく、サポート役の主人公の優しさが、ホンワリと伝わってきます。
又、絵を取り囲むコラージュが凝っていて、彼の父親が学生時代に使っていた物理と数学の教科書を切り貼りしたものだそうです。
それがとても、全体の作風にマッチしています。
本当に徹底的に凝る人だなと思います。
私には できませんね。プールで泳ぐ方がましです。
 次に、日本初翻訳の「レッドツリー」を見てみましょう。
訳者は、グアム・ハワイ育ちの歌手・女優 早見優です。
全体的に暗さの極地の絵本です。
各ページに必ず現れる赤いもみじは、何なのだろうと考えてみます。
ここでも本文は、「自分はいったい何者なのか?」「どこにいるのか?」と問うています。
最後に象徴的な赤いもみじが鮮やかに待っていて、華やかなもみじの木となって終わるのですが、私には、苦しくつらい道程の果てに花開く実りのように思えました。
「遠い町から来た話」は、短編集ですが、私には意味不明で、不思議なものでした。
気がおかしくなりそうな世界です。
シュールな世界に浸り、空想の世界に遊んでみたい時には、最高の作品ではないでしょうか。





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Basho and Hakyo ~ Haiku~
Matsuo Basho became very successful in the Haiku literature when he lived in Koto ward.
In 1680,he moved from Nihonbashi of Edo to a thatched hut in Fukagawa and made many superb Haikus,Japanese world-shortest poems,and great travel writing such as Oku-no-Hosomichi.

In September 1919,a frog stone sculpture was excavated from the aftermath of Typhoon at Tokiwa 1-chome. Then Basho museum was build on that place in 1981.
芭蕉1

芭蕉3


Near the museum,there are Basho-Inari shrine,Saito-an and Basho historic garden also.
Saito-an is a cottage of Sampu Suguyama who was a follower of Basho.
From Saito-an,Basho departed for writing his masterpiece,Oku-no-Hosomichi.
芭蕉8
芭蕉9

芭蕉7

芭蕉6

Basho historic garden is located alongside of Sumida river and Onagi river . And that gives us a fantastic riverside view.
In the garden,there are a statue of Basho which is changing the direction at morning and evening.

芭蕉4

芭蕉5

Inside the Sunamachi Culture Center,there is Ishida Hakyo Memorial Center.

芭蕉2

Hakyo was a Haiku poet who had been lived Sunamachi for 12 years since 1946.
He wrote many scenes of Koto area in Haiku.
Koto area was the second hometown for him.
He was a leader of Haiku after the world war second.
His family contributed his article and literary works to the center.
Hakyo made Haiku group which name was Tsuru.
Now Shigeo Suzuki leads that group.

Please enjoy a short trip to Koto ward and visit the place in connection with Basho and Hakyo.



Written by Kumiko Harada

2017年 あけましておめでとうございます。
新年

新年のお花を活けてみました。
生き生きとした松が元気よく、みなぎる力が湧いてきそうです。

2017年、この1年がみなさまにとって 充実した良い年となりますように。